大判例

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奈良地方裁判所 昭和29年(行)3号 判決

原告 仲井儀定

被告 国

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は被告が昭和二十三年十月二日自作農創設特別措置法に基き奈良県磯城郡平野村大字満田四六〇番地の一宅地三十一坪に対してなした買収処分の無効なることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、その請求の原因として次の通り述べた。

一、原告は昭和十六年四月二日訴外森井彦太郎から右平野村大字満田四六〇番地の一宅地三十一坪(以下本件宅地と略称する)を買受け、その所有権を取得したものであるが該宅地は原告の現住居に隣接し、当時平野村大字満田四六〇番地宅地一二三坪の一部をなし訴外森井松三が右彦太郎から本件宅地を借受けその家屋を建設して居住していたので、原告は右宅地を買受けると共に同人の右賃借権を認め、爾来松三は原告に対し本件宅地の地代を支払つていたものであるが、右宅地の登記は分筆手続未了のまゝ前記所有者彦太郎名義となつていた。ところが、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)が施行せらるゝや右松三は本件宅地が登記簿上未だ前所有者彦太郎名義となつているのを奇貨として昭和二十三年五月三十一日附を以て同法第十五条同施行規則第七条により本件宅地の買受申請書を作成のうえ平野村農地委員会に提出したので、同委員会は同年十月二日何等の調査もなさずして、これが宅地買収計画に編入し、同時に売渡計画をも樹立し、被告また右計画に基いて同日付彦太郎より本件宅地を買収し、同時に松三に対し右宅地を売渡したこととして同二十五年十二月十八日付同人名義に所有権取得登記を了しているものである。

二、然しながら被告の本件宅地の買収処分は次の点に於て無効である。

(一)  国(農地委員会)が自創法に基いて、農地等を買収する場合には民法第百七十七条の適用が排除されるからこれが登記の有無にかかわらず真実の所有者より買収すべきであつてその対象を誤つた買収は無効であると解すべきである。然るに本件買収手続をみるに被告は本件宅地の買受人として真実の所有者である原告を対象としないで、所有者でない単なる登記簿上の名義人である前掲森井彦太郎より買収をなしている。然も右松三が原告に対し数ケ年に亘り、その地代の支払をなし、原告が本件宅地の所有者であることを熟知しながら殊更に登記名義人である右彦太郎をその相手方として本件宅地の買受申立をなしていること及び平野村農地委員会が農地調査規則(昭和二二年一月一四日農林省令第二号)によりこれが調査義務を課せられているのであるから買受人の審問その他の調査をすれば容易に真の所有者を発見しうるのに何等の調査をもなしていないことを併せ考えると尚更本件買収処分は無効であるといわざるを得ない。

(二)  平野村農地委員会は本件宅地の買収並に売渡計画について適法な縦覧手続をなしていないこと、更に被告はその買収令書を原告はもとよりのこと、その対象としている登記名義人である右彦太郎に対しても送達しておらず、且何人に対してもその対価の支払をなしていないから、本件買収処分は無効であること明かであり、原告は昭和二十七年に至つて松三と敷地の境界について紛争が生じた際初めて該宅地が買収され同人名義になつていることを知つた程である。

被告は右彦太郎の代理人井上柳蔵がその対価を受領していると主張するが右柳蔵に於て、その対価受領の代理権限なく彦太郎の右対価受領の委任状に森井の捺印ありとするも、同人すら右捺印の事実を関知していないところである。従つて、被告は本件宅地の所有権を未だ取得していないものといわざるを得ない。

(三)  本件宅地は原告の現住居の南側に隣接し、原告が宅地拡張のため該宅地を買入れたものであつて、止むなく右松三にこれを貸与しているものであるが、右松三は同人の家屋の敷地とし、耕作そのものに利用しているとは言えないから、同法第一五条第二項によりこれが買収より除外せらるべきものであり、殊に右松三が自創法によつて本件宅地を取得しなくとも民法及び借地法により、その借地権者としての地位が充分に保護せられ、住居の安定に何等欠くるところがないから、自創法によつて買収する必要もなく、又その対象となりうるものではない。寧ろ原告の一方的犠牲に於て不当に耕作者を保護する結果となり、最早こゝに至つては同法の目的より遥に逸脱し、これが買収処分は所有権の不当な侵害となり、憲法違反たるを免れない。

被告指定代理人等は主文同旨の判決を求め、答弁として次の通り述べた。

原告主張事実中原告主張の通り訴外森井彦太郎が本件宅地を所有していたこと、本件買収当時該宅地の登記名義が同人となつていたこと、訴外森井松三が右彦太郎より該宅地を賃借し自己の宅地として引続いて使用し農業に専従していたが、昭和二十三年五月三十一日自創法第一五条第一項、同法施行規則第七条に基き平野村農地委員会に対し右宅地の買受申請書を提出したこと、原告主張の日時に同委員会は本件宅地の買収並に売渡計画を樹立し、被告は右計画に基きこれを買収して右松三に売渡し原告主張の日時同人名義に所有権取得登記を了したことはいずれも認めるが其の他は之を争う。

一、原告は被告が真実の所有者である原告を対象としないで所有者でない登記名義人たる森井彦太郎より本件宅地を買収したのであるから右買収処分は無効であると主張するが彦太郎は昭和二十三年十二月二十一日附にて訴外森井千鶴子に本件宅地を贈与していることは甲第一号証の登記簿謄本によつても窺知することができ原告が右宅地の所有者でないことは明かであるから、それ以前に彦太郎が原告に対し本件宅地を譲渡した旨の甲第二号証の契約書は措信できないものである。

二、仮りに原告が本件宅地の所有者であつたとしても、平野村農地委員会は該宅地を買収するに当つて登記簿上の名義人である右彦太郎を真実の所有者であると信じて買収並に売渡計画を樹立したことは当時の農地委員であつた証人北浦長蔵の証言によつても明かであり、然も右買収手続に於て適法な期間内に異議の申立又は訴願がなかつたのであるから、被告としては原告がその所有者であることを知るに由がなく、従つて本件買収処分はその取消原因となるとしても、無効原因とならないものと解すべきである。

三、原告は平野村農地委員会が本件宅地の買収並に売渡計画について適法な縦覧手続をしていないこと、又被告がこれが登記名義人である右彦太郎に対してその買収令書の送達はもとより何人に対してもその対価の支払をなしていないと主張するが、同委員会は同二十三年八月七日本件宅地の買収計画を樹立し、同月十四日付にてその旨公告し、翌十五日より二十五日まで縦覧に供し、買収令書は右農地委員会を経由して右彦太郎に送達している。買収対価もその土地を管理していた右彦太郎の妻の父井上柳蔵が同人の代理人として受領した。尤もその後になつて柳蔵の息勝治が原告に対し右対価を交付しようとしたが同人が断つたとしてこれを同委員会に返還したので、同委員会は右対価を一時保管することとなつたが、原告と右森井松三との間に本件宅地について和解ができた際原告に右対価を交付したから原告に対して右買収の効果が発生したとみるべきである。

四、松三は農業に専従し、本件宅地をその家屋の敷地となしているのであるから自創法第十五条第一項による買収要件が具備しているとみるべきであり、従つてこれが買収の対象となしたものである。たとえ、民法及び借地法によつて借地権者としての地位が保護せられているとしても、これがため同法に何等の影響を及ぼすものでもなく所有権の不当侵害乃至違憲の問題の起り得る余地がないこと言を俟たないところである。(立証省略)

三、理  由

かつて訴外森井彦太郎が原告主張の本件宅地を所有していたこと、被告が本件宅地を買収した当時右宅地の登記名義人は右彦太郎となつていたこと、訴外森井松三は右彦太郎より本件宅地を借受け、引続いてその住宅の敷地として使用し農業に専従していたところ、昭和二十三年五月三十一日附を以て自創法第十五条第一項同法施行規則第七条により平野村農地委員会にその登記名義人である右彦太郎をその所有者として本件宅地の買受申請書を提出したこと、原告主張の日時に該宅地を、同委員会は買収並に売渡計画を樹立し、奈良県知事は右計画に基き買収処分を為しこれを右松三に売渡し、原告主張の日時同人名義に所有権取得登記をいずれもなしていることは当事者間に争がない。

成立に争のない甲第一号証、証人森井彦太郎の証言によつて真正に成立したと認められる甲第二号証、同証人及び証人森井松三の証言並に原告本人訊問の結果を綜合すると原告は同十六年四月二日右森井彦太郎から本件宅地を買受けたが、該宅地は平野村満田四六〇番地の土地一二三坪の一部をなしていたので、分割手数の煩をいといその登記を右彦太郎名義のまゝに放置し、引続いて右松三にこれを賃貸したが、右松三も原告に対し昭和二十二年度分迄その地代を支払い、原告を右土地の所有者としてこれに対処していたことが認定できる。被告は右彦太郎が森井千鶴子に対し昭和二十三年十二月二十一日に本件宅地をも贈与したことは甲第一号証の登記簿謄本によつても疑のないところであると主張するが、なるほど、右登記簿謄本によると同日付同人に贈与したことになつているけれども、前掲森井彦太郎の証言によるも、彦太郎が千鶴子に贈与したのは実際は本件宅地を除いたその東側約九十坪であつて本件宅地が未分割であつたので単にその登記手続をこれと一括してなされているに過ぎないことが認められる。その他右認定を覆すに足る証拠がないから被告の右主張は採用できない。

そうすると本件土地の買収手続はその所有者を取違えて遂行せられたこととなる、よつて原告は右買収処分は無効であると主張するから此点につき審究するに農地買収処分は土地其他の物件の真実の所有者をその物件の所有者と表示してその手続を行うべきものであつて民法第百七十七条は本件手続にはその適用なきものと解するを妥当とすることは原告主張の通りであるが、本件の如く登記簿上の所有名義人と右物件の真実の所有者と異る場合右名義人を所有者として行はれた買収処分はかしの存することは勿論であるから真実の所有者から異議の申立、訴願、又は取消の訴の提起があるときは右買収手続は取消さるべきものであることは論を俟たないが若し右取消の訴の提起期間を空過したるときは最早該買収処分の無効の主張を為し得ないものと解するを相当とする。蓋し自創法による買収手続はその目的たる物件を対象として行はるるものであつて物件の所有者を対象として行はるるものでないから仮に所有者の表示を誤つたとするも該かしは前陳の如く処分取消の事由とすることは格別之を以て該処分の無効を招来する程重大なるかしであると云ふことを得ないからである。従つて此点に関する原告の右主張は採用することが出来ない。

次に原告は平野村農地委員会が本件宅地の買収計画について適法な縦覧手続をなしていないから該買収処分は無効であると主張するが、成立に争のない乙第一乃至三号証によつて、右農地委員会は昭和二十三年八月十四日附で本件土地の買収計画について翌十五日より同月二十五日まで縦覧に供する旨公告し、右期間縦覧に供したことが推認できる。しかのみならずかゝる手続上のかしは処分取消の事由とするは格別無効の事由とすることを得ない。又原告は本件買収令書が原告に送達せられていないことは勿論登記名義人である前記森井彦太郎に対しても送達しておらず又何人もその対価を受領していないから本件買収処分は無効であると主張するからこの点について判断するに成立に争のない乙第四号証、当裁判所が弁論の全趣旨より真正に成立したと認められる乙第六、七号証証人北浦長蔵、井上勝治の各証言及び証人森井彦太郎の証言中買収になつたことを彦太郎の妻の父井上柳蔵から聞いた旨の供述を綜合すると、右森井彦太郎は本件買収当時大阪に居住していたので、現地に居住していた同人の妻の父である訴外井上柳蔵が右彦太郎の代理人として本件買収令書並にその対価を受領したこと(尤も右対価についてはその後になつて右柳蔵の息勝治が右農地委員会に返還したようである)が認められる。右認定に反する証人森井彦太郎の証言(前記認定の部分を除く)は措信できず他に右認定を左右するに足る証拠がない。従つてこの点に関する原告の右主張も亦採用するに由がない。

なお原告は右森井松三が本件宅地をその家屋の敷地とし使用して直接耕作の用に供していないこと、該宅地は原告の宅地に隣接し原告が宅地拡張のために買入れたものであることからして同法第十五条第二項第二、三号に該当しこれが買収より除外さるべきものであるばかりでなく右松三は民法、借地法等によつて借地権者として保護せられているのであるのに拘らず、同人のため敢えてこれを買収したのはその制度の目的を逸脱し徒らに個人の所有権を侵害し憲法違反たるを免れないと主張するので更に考えてみるに、右松三が前記認定の如く原告の前主時代から引続き本件宅地をその家屋の敷地として使用して農業に専従しているものであつて同人が農耕に従事するため居住する住家の宅地として必要なる土地であるというべく原告提出援用に係るすべての証拠によるも未だ同法第十五条第二項第二、三号の事由の存することを肯認するに足らないから此点に関する原告の主張も亦到底採用するに由がない。然らば原告の本訴請求はその理由がなく失当であるからこれを棄却すべく訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 小林定雄 谷村経頼 河井秀夫)

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